伊勢神宮

お伊勢さんとして親しまれてきた伊勢神宮

この伊勢神宮がある三重県伊勢市に暮らす人たちからは、ずっとお伊勢さん、大神宮さんと呼ばれ親しまれてきた、この地域になくてはならない御護りとなっているのが伊勢神宮です。
この伊勢神宮は正式に神宮といいます。

皇室との縁が深く、皇室の御祖先の神と仰ぎ、古くから私達が国民の大御祖神として崇拝してきた天照大見神を内宮、皇大神宮にお祀りし、衣食住など産業の守護をされておられる豊受大御神が外宮、豊受大神宮にお祀りされています。

これらのほかに、14所の別宮、43の摂社、24所の末社、42所の所管社があります。
全て合わせると125という宮社があり、この全てをさし「神宮」といいます。

伊勢神宮の歴史は非常に深い

瓊瓊杵尊(ににぎのみこと)から天照大神は常に天皇のおそばにおいてお祀りされてきました。

しかし第10代崇神天皇の御代に御殿を共にすることを恐れと感じた天皇は、大御神を皇居以外にお祀りすることを決意され、皇女豊鋤入姫命により笠縫邑へ神籬をたて大御神をお祀りしたといわれています。

第11代垂仁天皇の皇女倭姫命が豊鋤入姫命と交代、永遠に神事を継続できる場所を探し、大和国を出発、伊賀、近江、美濃などを巡り伊勢国にはいられたといわれます。

倭姫命は当時、天照大神に神風の伊勢の国は遠く常世から波が幾重にもよせては帰る国であり、この国にいようといわれたことで、その大御神の教えに沿い、五十鈴川の川上に宮を建立したとされます。

はるか2000年もの昔、伊勢の地に御鎮座を決めた天照大神の「皇大神宮御鎮座」がこうして行われ伊勢後に建立されたという伊勢神宮の歴史です。
皇太神儀式帳には豊鋤入姫命と倭姫命が国々を巡行したことが記録され、比定地には14カ所が挙げられ記載されています。

20年に一度行われている式年遷宮

平成25年、式年遷宮という行事が伊勢神宮で行われる際、メディアでも大きく取り上げられ、私たちはこの式年遷宮という1300年にわたり行われてきた日本伝統行事のことについて知る機会がありました。

伊勢神宮は内宮、外宮それぞれについて、東と西に全く同じ広さの敷地を持っており、20年に一度、宮地(みやどころ)を改めるため、古例にならい御社殿、御神宝等すべてを新しく整え、大御神に新しい神殿にお遷りいただくのが式年遷宮のお祭りです。

20年に一度造りかえるみずみずしい御社殿において、永遠に変わる事のないお祭りがおこなわれるということに大きな意味、意義があるとされています。
平成25年に行われた式年遷宮は第62回目の式年遷宮でした。

初の式年遷宮は天武天皇の発意により持統天皇がおこなった

初めての式年遷宮は制度の発意を行った天武天皇の次、持統天皇の時代に行われました。
途中中断がありましたが、20年に一度、1300年間にわたり行われてきた大切なお祭りごとです。

神宮のもっとも古い姿については現在の様に大規模な宮ではなく、神籬、祠のような仮説的な斎場によって天照大神をお祀りしたのではないかとされています。

祠が後に宮という大規模な建築となったのは、1300年前、持統天皇による内宮、外宮の遷宮の頃ではないかといわれています。

中断された記録としては室町時代後期、役夫工米によって遷宮費用を徴収するのが難しくなり、120年間中断されたといわれています。

安土桃山時代になり、遷宮上人とされる慶光院清順、周養が勧進したことによって織田信長・豊臣秀吉が遷宮費用を献納、復興となったようです。