お寺の歴史

お寺

古くは海外から伝わったもの

街や観光地において、お寺は普通に見かけるものです。
このお寺については、人それぞれ色々なイメージがあると思います。
日本的なものというイメージ、お墓参りを行うイメージ、参拝に行く場所というイメージといったようにそれは様々です。

実はお寺には古くから長く続いてきた歴史があり、今の形になっているのです。
では、この歴史は一体どのようになっているのでしょうか。

日本における伝統的な風景にはお寺は欠かすことができないものですが、神社とは異なりお寺は日本で生まれたものではなく海外から伝わったものなのです。
仏教はインドの釈迦により紀元前5世紀ごろから始まった教えであり、元々お寺の起源はインドにあるのです。

この頃はお寺は存在していませんでしたし、塔や仏殿もありませんし、仏像にお経すら存在しませんでした。
仏教が広まっていくことにより、釈迦が神格化されていくに従って、遺骨を納めた仏塔への崇拝が広がっておき、修行の地にも同じものが作られるようになり、仏塔礼拝も修行のひとつとなっていきました。
ヘレニズム文化の影響を受けて仏像が作られだした時、それを礼拝することが修行の中でも重要な要素なのです。

中国や日本では、権力者の信仰として受け入れられたことにより、立派な仏像や建物が建築され、塔も相当な高さとなり、僧侶の住む建物も立派なものが作られました。
こうしたところが日本におけるお寺の始まりとされています。

お寺とお墓の結びつき

こうした背景があって、お寺とは本来は僧の修行の場となっていたことが分かります。
日本ではお寺と言えばお墓を管理している場所とも捉えがちになるのですが、実はお寺にとってはお墓は異質なるものと言えるのです。
実は初期の仏教教団は、僧が葬儀に関わることすら禁止していたのです。

現在のようにお墓とお寺が結びつくようになったのは平安時代に入ってからと言われています。
これは、浄土信仰の流行とも関係がありますが、日本的な仏教が成立したという部分もあると言われています。
使者供養を教えの実践ととらえ、供養の法要を布教の場とする、これこそが日本の仏教の教えとなっているのです。

日本の仏教は葬式仏教とも呼ばれ批判されることもありますが、こうした仏教が日本人の心をはぐくみ、寺院の背景を作ってきたとも言えます。
今では日本の文化の中にすっかり溶け込んだお寺ですが、今後も長く残していきたい独自のものだとも言えます。