伏見稲荷大社

お稲荷さんの総本宮である「伏見稲荷大社」

近所にもよく見かける事のあるお稲荷さん、特に田舎に行くと小さいお稲荷さんの祠などが近くにあり、おあげさんなどをもっていっては拝んだりしたものです。
都市部に行くとあまり見かけなくなったように思いますが、道の隅をみると小さいお稲荷さんの祠があったり、また有名なお稲荷さんがあるという地域も少なくありません。

その私たちにとってとても身近な稲荷さんの総本宮となっているのが伏見稲荷大社です。
日本全国に3万社という数がある稲荷社の中でもここが中心です。

稲荷信仰の原点こそ稲荷山です。
伏見稲荷大社の御祭神、稲荷大神様が稲荷山に御鎮座されたのはとても古く、奈良自体、711年の2月、初午の日だったとされています。
既に御鎮座から1300年以上が経過し、歴史深い総本宮です。

五穀豊穣、商売繁盛、家内安全、所願成就の神様

奈良時代以降、稲荷大神様が稲荷山に御鎮座されてからというもの、各時代でそれぞれが篤い信仰心を持ち、衣食住ノ太祖ニシテ萬民豊楽ノ神霊ナリと崇拝されてきました。

まさしく庶民に近く庶民の信仰の社とされ、伏見稲荷大社は神様と自然と人が共生する社叢・稲荷山としての地の世にもずっと、この使命が受け継がれていくといわれています。

世界からも観光客が訪れる神秘的な千本鳥居

伏見稲荷大社といえば、海外の方々も一度訪れてみたいと人気のスポットがあります。
通常、稲荷といえば赤い鳥居がありますが、伏見稲荷大社にも、鳥居があります。

元来、稲荷の鳥居というのは社殿と同様に稲荷塗といわれ朱で彩色することが習慣です。
朱「あけ」は、赤、明、茜など、全て明るい希望を導くような語感を持っています。

この朱という色は、稲荷大神の生産の力、生命、大地への働きに通ずるものとされ、ここに強い信仰があります。

崇敬される方々が祈りと感謝の気持ちを込めて贈社参道に鳥居を奉納するということが古くから行われており、江戸時代にはすでに伏見稲荷の名所、千本鳥居があり、多くの方が参拝に訪れたといいますから、非常に古い歴史を持っているのです。

朱の鳥居が整然と並ぶその姿は、映像や画像によって参拝された方がインターネット上にアップするなどし、多くの観光客が世界からも訪れるようになっています。

千本鳥居は本殿奥、奥社奉拝所の前にあります。
千本鳥居以外にも、様々な個所、参道に鳥居がありますので、千本鳥居以外の鳥居も神秘性を感じます。

本殿楼門と秀吉の関係

天正17年・1589年に豊臣秀吉によって造成されたとされるのが本殿の前にある堂々たる楼門です。
秀吉の母、大政所様が病気で苦しんでいる時平癒祈願を行い、これが成就するなら一万石奉加するとされた現代に知られる「命乞いの願文」が伝来しています。

これについては造営伝承と伝来文書とあわない?といわれることもありました。
しかし昭和48年、楼門の解体修理を行った際、願文の年次同様に天井17年の墨書が発見され、これまで伝えられてきた命乞いの願文が正しきものだと確認されました。