諏訪大社

日本最古の神社の一つとされる諏訪大社

諏訪大社については日本の最古の神社の一つとされており、古くから御鎮座されているため、御鎮座の年代、起源など詳細がわかっていません。
それだけ歴史古く世代を遡る事が出来ないほど・・ということでしょう。

延喜式神名帳によると南方刀美神社(みなかたとみのかみのやしろ)と記されており、信濃国四中八座第一とあり、この延喜式神名帳がかかれた時にはすでに信濃国一之宮として信仰されていたということがわかります。

諏訪大社となったのは終戦を迎え昭和23年のことで、以前は明治4年に国幣中社、29年に官幣中社、対象5年に官幣大社へ昇格、それから諏訪大社と改称したとされています。

諏訪大社の信仰とはどういう信仰なのか

諏訪大社は全国各地にあり、その数は1万を超えるといわれています。
敬われ崇敬されてきた神社でありまた最も身近で親しまれてきた神社といえます。
御神徳は枚挙にいとまがないとされており、古くから風、水を司る竜神信仰や、風、水と直接関係の深い農業の守護として知られてきました。

水の信仰ということで海についての守護とされており、みなさんも目にすることがあるかと思いますが、港の近くに行くと必ずと言っていいほどお諏訪様がお祀りされています。

神功皇后が三韓出兵の際、また坂上田村麻呂が東夷平定の際にも神助があったと伝えられており、東関第一の軍さ神、武家守護神として崇敬されてきたということも伝えられています。

精進潔斎を形だけ行うものよりも、肉を食べても真心こめて祈るものを救おうという諏訪大明神御神託も伝えられていますし、浄瑠璃、歌舞伎などの本朝二十四孝が世に広まっていくにつれて、日本の屋根信州諏訪の地へ参拝したいという民も多くなり、諏訪大明神の御神徳を頂きたいと崇敬する人々が多いということもよく理解できます。

本殿がない諏訪大社・・どうしてないのか?

通常、こうしたところでは本殿があるはずなのに、諏訪大社には本殿がありません。
歴史が古くその御鎮座の正確な年数などもはっきりしないくらい古来より信仰されてきたところです。
しかし本殿がないのは古くからの姿を残しているからという理由があります。

実は古代の神社というのは社殿がなかったとも伝えられており、諏訪大社は秋宮に一位の木、春宮に杉の木を御神木とし、上社は御山をご神体として拝しています。

古き時代から深く信仰されてきた諏訪大社だからこそ、本来の「社殿がない」という姿を守り、古から続く信仰を今に伝えていると感じられます。

風、水の守護神、五穀豊穣を祈る神様、さらには武勇の神様として広く信仰されてきた諏訪大社は、現在においても生命の根源、源を守護する御神徳が崇敬され、全国各地より多くの参拝者を迎えています。